タイの政治情勢
タイは正式にはタイ王国という王国で立憲君主制のため王様が存在します。名前はプミポン・アドゥンラヤデート国王といいます。このプミポン国王は、国民から絶大な人気を得ています。日本で言う天皇に当たる人物でしょう。
ですが日本の天皇と違う点は、タイのプミポン国王は政治、経済などの重要なポイントにおいて、かなり影響が出るような発言されることが多いことで有名です。2006年にタイ国内でクーデターが起こったのですが、この事件に関してもプミポン国王が了承したということもあり、国民の血が流れず速やかにクーデターが成立したと言われています。タイにおいて、それだけ影響力を誇っている方なのです。国民から慕われていることもあり、プミポン国王に対して無礼な行為をした場合には、不敬罪という罪があり逮捕されます。

この不敬罪。例を挙げると以前動画投稿サイトYOU TUBEへ、タイ国内からアクセスが遮断されました。遮断された理由はプミポン国王を侮辱する動画がアップロードされていて、タイでは不敬罪にあたるため、YOU TUBEに抗議をしましたが、消去しなかったため、YOU TUBEへのアクセス遮断となったのです。
タイでクーデター
タイはタクシン首相が2001年から愛国党党首として政権についていました。絶大な信頼を得ていた時期もありましたが、同氏に対する汚職疑惑や、脱税疑惑が明るみに出てきたため、国民から非難を受けます。そのためその国民の意思を受け、2006年9月19日夜クーデターが、ソンティ陸軍司令官の元決行されました。それによりタクシン首相が海外に逃亡することになり、1年半もの海外生活を送ることになりました。
元々タクシン首相という人は、一族でシン・コーポレーションという通信会社を持っていました。その会社を2006年1月にシンガポール政府系投資ファンド、テマセク・ホールディングに株式の過半数を売却しました。このとき売却益から税金をほとんど納めず、脱税をした疑いがかかりました。そこで解散総選挙を4月に行ったのですが、野党のボイコットなどが起こり、選挙にはならずタクシン首相が再選しました。このため国民などに不満が溜まっていきました。またこの選挙に憲法裁判所も再選挙という判断を下しました。
そこで同年10月15日に再選挙を行う事になっていましたが、選挙前の9月ソンティ陸軍司令官の元、クーデターが起きました。国民も半年も混迷した政治に嫌気が差していたためクーデターを歓迎しました。
クーデター後のタイ
クーデター以降、軍部主導で行われたため、軍部のスラユット氏が首相代行を務めました。政権運営初期においては期待をかけられていたのですが、期待とは裏腹に外貨規制をはじめ、さまざまな政策などの失敗により支持率も低下していきました。それに乗じてタクシン一派の愛国党は政治集会やら、反政府組織として活発な動きをしていきました。
2007年に06年に行われた下院選挙において、不正があったとして裁判が行われました。裁判は2大政党の旧与党のタイ愛国党と野党の民主党の解党を問う裁判でした。結果的にタイ愛国党には解散命令と幹部に5年間の被選挙権剥奪、民主党は無罪放免という判決が下されました。かなり愛国党側からは批判が出ていましたが、結局覆りませんでした。この判決の結果を受け、タイ愛国党は小政党を乗っ取り、新たな政党として合法的に政党運営をしています。それが現与党の国民の力党となっています。
下院総選挙、民政復帰へ
クーデター以降、2007年12月に総選挙が行われる決定しました。当初は民主党が第一政党となり政権運営をするものと見られていました。しかし蓋を開けてみると、第一政党は旧愛国党のサマック氏率いる国民の力党(旧タイ愛国党)となりました。今回の下院選選挙結果では、民主党の敗因は地方の貧困層からの支持を得られなかったことが最大の原因といわれています。現在中流階級層が増えてきているものの、対貧困層という比率で言えば貧困層の方が有権者数が多かったため民主党が票を伸ばせなかったとも言えます。その後現在はサマック首相の下、タクシン元首相が行っていた政策を踏襲し政権運営を行っています。
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